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        <title>バックパッカーになれなくて海外旅行記</title>
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        <description>ひとり旅って面白い。チケットと小さなバックパックをまとめて身軽に旅行。
本格的バックパッカーにはなれないけれど、コギレイにかつお手ごろに旅をしよう。</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2009</copyright>
        <lastBuildDate>Thu, 02 Jul 2009 10:35:29 +0900</lastBuildDate>
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            <title>オラウータンに会いにサンダカンへ</title>
            <description><![CDATA[<p>2003年8月3日　曇りのち快晴 </p>
<p>まだ暗い朝の4時にモーニングコールで起こされ程なくしてルームサービスの朝食が来た。パンとバター、ジャムにコーヒーのコンチネンタルブレックファスト。</p>
<p>5時10分頃に部屋を出る。外に出たとたん、「ジャングルの音」に包まれた。虫と動物と風が闇の中でうごめいている音。今まで聞いたことも無いような音に感動する。</p>
<p>5時15分にロビーでピックアップ。バスに乗るなり他の日本人のおじさんに「時間通りに来ないとダメじゃないか」としかられる。何で？私たちは5時15分集合と聞いていたのに。そう言うともう一人のおじさんが「俺たちには5時と言っておきながら、それは会社が悪いなぁ。」とフォロー。脂っぽいおじさん二人組はその後ゴルフの話しに盛り上がり、空港に着くとクアラランプール行きのフライトにゴルフバックとともに乗っていった。どう考えてもオラウータンを見に行くような感じに見えなかったので納得。</p>
<p>7時発のフライトでサンダカンへ。737型機のエマージェンシーカードのイラストの人物描写がかなり変で笑えた。</p>
<p>雲の間にキナバル山を拝み、30分ほど飛び続けると眼下にうっそうとしたジャングルと蛇行した濁流が海へ向かって何本も伸びている。予定到着時刻よりも早めにサンダカンに到着。そのせいで、エアブリッジを操作する人員がやってこず、結局機体後部のドアからステップをかけて降りることになった。空は灰色。</p>
<p>外に出ると何台か観光バスが並んでいて、私たちはそのうちの一台に乗り込んだ。今日のガイドはリーさん。まずはオラウータンのいるサピロック公園へ到着。空港から公園までの道中の風景はコタキナバルに比べると木がうっそうとしていて更にジャングルっぽい。未舗装の道を人がとぼとぼるいていたり、小屋のような家々が並んでいたりとコタキナバルとの違いを感じた。</p>
<p><strong>森の住人</strong></p>
<p>サピロック公園に着くと、カメラ持ち込み料を支払い、ガイドについて板張りの通路をたどってオラウータンの餌付けポイントまで行く。大きな木の上に足場があり、そこが餌付けポイントになっているようだ。そこの足場に向かって何本かの木にはオラウータンが渡ってこられるように綱が渡してある。</p>
<p>その周りには人間用の足場、但しかなりの広さ、が用意してある。そこで腰掛けしばしオラウータンの登場を待つ。</p>
<p>一匹が綱をするするわたって登場。とたんに観光客がカメラを構える。私もデジカメをかまえシャッターチャンスを狙う。やってきたのはパトリックという名前のオラウータンだった。ここのオラウータンは親からはぐれた子供オラウータンの孤児院のようなところで、野生に戻すための訓練としてここで「飼われている」らしい。</p>
<p>ターザンのように現れたパトリックは餌を食べたり、木の上からおしっこをしたり、しぐさが面白い。しばらくして客がそろそろパトリックを見るのにも飽き始めたころ、背後の高さ100メートル位の木の上に「レッドリーフモンキー」という小さなサルが登っているのが見えた。客の目線が100メートル先に行っていた頃、別のオラウータンがまたターザンのように登場した。</p>
<p>しかし彼が登場するころにはすでに餌はパトリックと、特に関係のないサルたちに食べられてしまっており、何も残っていなかった。しかりこのクレモンスというオラウータンはサルの群れに押し入り、彼らが手にしていたバナナの房を奪い、綱を逆さに伝って余裕の表情で略奪品を食べている。</p>
<p>そこへ悔しい思いをしているサルたちが威嚇にくるが、実際には何もできずクレモンスはバナナを完食。そして餌付けポイントに戻り、ゲロゲロっと食べたものと戻した。吐くくらいなら食べなければよいのに。ちょっと意地悪なクレモンスだった。</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ボルネオ島旅行記　2003年8月</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 30 Aug 2008 17:34:59 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>サンダカン市街</title>
            <description><![CDATA[<p>オラウータンの公園を後にし、ジュニアという別のガイドさんについて、昼食をとるためサンダカン市内の「サンダカンホテル」へ行った。同じツアーにはイギリス人の親子が参加。チェスターの近くの北ウェールズ出身だという。私がその近くのバンゴールとアングルシーへ行ったことがあるというと驚いていた。彼らは100日間の旅行中で、南アフリカ、マレーシア、日本、ニュージーランド、タヒチ、イースター島、チリのサンチアゴ、リオデジャネイロを旅するという。アンという女性は50～60歳くらい。息子のディランは30歳くらい。アンは学生時代にスイスで知り合った日本人女性の家をたずねに大阪まで行くという。おみやげは何がいいかしらと相談された。アンは異文化に対してオープンでとても感じのよい女性だった。</p>
<p>午後のツアー開始まで1時間ほどあったので、ディランいわく「臭う」サンダカンの市街地を探索することにした。ホテルの前の道には暇そうに座っている人がいたり、角の食堂にはたくさんの人がランチをしたりしている。物価を調べるためにちょっと覗くとどれも3リンギット代とホテルの10分の1くらいで安い。一般市民の生活を初めて見ることができた感じだ。</p>
<p>ホテルから2ブロックほど先にＣＤショップがあったので覗いてみた。お店の女性にマレーシアで一番人気のあるアルバムをとたずね2枚視聴した中からバラード系のを選んだ。Cherry Blossom商会というその店は中国系の店員さんがいて、とても親切で感じが良かった。</p>
<p>更に道を進み、カメラ店を覗く。オラウータンでメモリーカードを使い果たしていたので買い足したかったのだが、カードはおろか、デジカメさえもないような状態だった。適当に道を曲がり歩いているとサンダルやＴシャツなどを売る雑貨店があった。店内をウロウロしているとＱｏｏの紙袋がある。かわいいので買ってしまった。１．５０リンギット。でもコピー商品だろう。</p>
<p>道を渡り、今度はスーパーへ。ポケモンの絵がついたコルゲート歯磨きやサバ洲の名産Sabah Tea2.80リンギット（土産物屋では5.50位で売られている）、「香しいかおり」と日本語で書かれたスナック菓子0.70リンギットなどを購入しホテルへ戻った。</p>
<p>そういえば街のにおいはというと、確かに香港の下町のような独特のにおいがした。確かにイギリスの町ではしないようなにおいかも知れない。</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ボルネオ島旅行記　2003年8月</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 30 Aug 2008 17:37:57 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>夜のコタキナバル</title>
            <description><![CDATA[<p>空港からのピックアップは今朝と同じJasonさん。ホテルまでは送ってもらわず、コタキナバルの中心街にあるCenter Pointという大きなショッピングセンター前で降ろしてもらう。</p>
<p>そこで葉書やドライマンゴーなどのお土産を買い、ブラブラと中を探索してみた。KIAというブランドの自動車が吹き抜けの広場のような場所に何台か展示されているほか、日曜日ということもあって人が沢山いて活気があった。</p>
<p><strong>屋台</strong></p>
<p>Center Pointから数分歩いてJasonさんお薦めの屋台街に行った。100メートル四方くらいの広場の3方をレストランが囲むなか、野外にテーブルが並べられている。私達は広場の奥の方にある「双山海鮮店」で食事をすることにした。看板には「露天冷気」とあったけど、広場に立てた柱の上から扇風機が回っているからだろうか？</p>
<p>マレーシアに来てから「ナシゴレン」を食べていなかったので客引きのおじさんにナシゴレンを注文。それにチキンサテ（４リンギット）、水餃子（8個で10リンギット）、ビール4本、豆苗のガーリック炒め、さっきまで水槽にいた大正海老の香草・チリ蒸し（100グラム15リンギット）を頼んだ。</p>
<p>「ナシゴレン」は私達が考えていたようなエスニックなものではなく、単に中華の炒飯だった。でも美味しかった。豆苗も日本で食べるそれと違って、青々としていて歯ごたえがあって美味しい。サテも美味しいし、ボルネオに来て一番の美味しいご飯だった。しかも一番安かった。</p>
<p>タイガーウッズのような顔をしたウェイターさんが親切で、サービスもよくしてくれた。ギネスのボトルをわざわざワインクーラーに入れ、蓋が開いたままだと虫が入るからと言って口をティッシュで包んでくれ、時々ビールを継ぎ足してくれる。</p>
<p>東南アジアがはじめての彼も意外にこの屋台が気に入ったようだ。せっかく高級リゾートに泊まっているのにも関わらず、このあたりに泊まればよかったと言い出す。私の中にも「貧乏旅行魂」が復活してきて楽しくなってきた。やっぱり旅ってこういうのが面白いよね。屋台レストランの帰り際、タイガーウッズ似のウェイターさんに「また明日」と言われた。でも残念、明日の今ごろは日本行きの飛行機の中だ。</p>
<p><strong>タクシー</strong></p>
<p>センターポイント前でタクシーを拾う。彼が「ネクサスまで50リンギットで」と交渉してくれた。ガイドのJasonには７０リンギットくらいが相場と聞いていたのだけど...。すごい。私は何回もこういう国を旅しているけれど、いまだに値切り交渉は苦手なので尊敬する。</p>
<p>しかし乗り込んだタクシーは見た目からしてあやしかった。外観、内装ともにボロボロで、ほんとに走るのだろうか？という代物。タクシーのおじさんは車を発進させるなり、真っ暗な社内でマッチをすり出した。タバコでも吸うのか？と思っていたらメータの前に火を近づけている。</p>
<p>そして「ガソリンがない」と一言。</p>
<p>どうやら光を点すことをとっくに止めたメーターをマッチの火で読んでいたようだった。今にも止まりそうなぼこぼこタクシーはかろうじて近くのスタンドへたどり着き、給油することになった。</p>
<p>ガソリンを入れたらやっと調子が出たのか、何十年か走り続けてるクラウンをおじさんは飛ばしだした。外から見ても、中から見ても擦り切れいてるような車なのに、意外にスピードが出る。さすがは日本車！けれどおじさんはやたらとカーブを攻める上、追い越しのハンドルさばきが急で生きた心地がしない。直線の高速道では飛ばしすぎのせいか、ハンドルを取られて左右にジグザグ走行をしだした。「きゃああー」と叫ぶとおじさんは「OK！」と言って笑っている。</p>
<p>サバイバルドライブの末、ホテルに無事たどり着くと雨が降り出した。部屋にたどり着く頃には雷雨になっていた。</p>
<p>ほんとうに楽しい1日だった。</p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ボルネオ島旅行記　2003年8月</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 30 Aug 2008 17:40:52 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>雷雨の朝と最後の夕日</title>
            <description><![CDATA[<p>ボルネオ最後の朝。カーテンを開けると昨晩からの雨が降り続いている。海からの強風は波の高さを見ても想像できる。</p>
<p>朝食後、小降りになってきたので、ロビーからシャトルバスを乗ってホテル敷地内の「ラグーンパーク」へ向かった。マングローブの植わった入り江にバナナボートやカヤック、クルーズ、釣りなどを楽しめる場所があるのだ。</p>
<p>しかし、、、バスを降りてパークへ着くと、やはりそこも雨。バナナボートやボートは高波に揺れてとても遊べる状態ではなかった。仕方ないので乗ってきたバスに再度乗り込みホテルに戻る。今日はもう無理だね、とラグーンでの遊びはあきらめ、ゴルフをすることにする。</p>
<p>ボルネオにて2回目のゴルフ。</p>
<p>雨がぱらついていたが、カートがあるので雨宿りしながらプレイ。初日にかなりのボールを池に落としたりして無くしていたのでレセプションでボールを買った。快晴の初日を比べるとどんよりした今日はゴルフ場の印象も違う。しかしプレイをしていたら晴れてきたので途中でゴルフを切り上げてラグーンパークへ再度行くことにした。</p>
<p>今度は晴れて、波も無くなっていた。カヤックをレンタルし、30分ほどこいだ。水はきれいに見えたけど、あまり離れていない場所に水上生活者の家があって、そこからなにやら不穏な液体が流れてきているようでところどころ茶色くて泡だった水が浮いていた。ま、泳がなければ大丈夫でしょう、と思いつつ、こぐたびに水がはねてくるのがちょっと気になった。</p>
<p>茶色水地帯を抜け、対岸の島へ。ここはマングローブが生え、水も透明できれいだった。</p>
<p>30分後、カヤックを元の岸に着け、しばらくベンチに座って休んだ。帰りのシャトルに乗り、その足でビーチへ。この頃には快晴でビーチ沿いのチェアに横になって空と波を眺めた。</p>
<p>残念なことに空港までのツアーバスのピックアップ時間が迫っている。名残惜しくビーチを後にし、大急ぎでシャワーを浴びて荷造りをしてチェックアウトした。</p>
<p>17時頃に迎えのマイクロバスに乗り込み空港へ。空港に着く頃には日がだいぶ傾いていた。出発まで飛行機を待ちながら海に沈む夕日を眺めた。たったの数日間の滞在だったけれど、久しぶりに「旅」をした気分になった。</p>
<p>国内旅行も楽しいけれど、やっぱり海外旅行は面白かった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/asia/cat26/cat61/post-38.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ボルネオ島旅行記　2003年8月</category>
            
            
            <pubDate>Sat, 30 Aug 2008 17:44:39 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>1) ベルギー到着</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>1993年8月23日　ベルギー、ブリュッセル　晴れ　気温14度</strong></p>
<p>成田からサベナベルギー航空機でブリュッセルへ。4年ぶりのブリュッセルだ。<br />8月も終わりのブリュッセルの気候はすっかり秋。まだ暑い日本から来るとずいぶんと涼しく感じる。</p>
<p>これからベルギー、ハンガリー、フランス、ポルトガルを1か月かけて周る旅の始まりだ。</p>
<p>今回、ブリュッセルには1泊だけして、翌朝にはブダペストへ向かうのでエアポートホテルをあらかじめ日本の旅行代理店で予約しておき、まずはホテルへチェックインした。</p>
<p>荷物を置いて一息ついてから、電車でセントラル駅へ。往復で１６０ベルギーフランだった。</p>
<p>4年前にパンを買ったMannekenに入ったら、スペイン語を話す店員がいた。私が大学で勉強しているポルトガル語に似ているので、なんとなく安心感があった。やはり馴染みのある言葉は落ち着く。</p>
<p>夕食は、グランプラスから小道を少し入ったところにあるアラブ系のお兄さん2人がやっているお店で、ハムバーガー（７５フラン）を食べた。お兄さんは日本語で、「さよなら」、「こんばんは」とあいさつしてきた。</p>
<p>店内で、犬を連れて食事をしている人がいるのが印象的だった。この後もよくこういう光景を見ることになるのだが、ヨーロッパでは犬を連れてカフェやバーに来ている人が多い。</p>
<p>夕食を食べ、グランプラスをぶらぶら歩き、再びセントラル駅から電車に乗ってエアポートホテルまで戻った。このころ、夜の9時半。なのに外はまだ薄明るかった。&nbsp;</p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/cat35/199389/1993823925.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 16 Jun 2009 08:33:22 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>2) はじめてのハンガリーで、ペンフレンドと会う</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>1993年8月24日（火）　ハンガリー・ブタペスト　晴れ　気温は不明だが暑い！</strong></p>
<p>朝5時半に目が覚めた。</p>
<p>ホテルで朝食をとり、10時50分のフライトでハンガリー、ブダペストへ飛んだ。飛行機は100人位は乗れそうなものなのに、乗客は半分以下の40人位しか乗っていなかった。</p>
<p>ブダペストに着き、飛行機から降りると、マリアンと、そのお父さんが待ち構えていた。</p>
<p>マリアンは、私が中学2年生の時から文通をしているハンガリーの女の子。かれこれ6年、エアメールを通して交流が続いている友人だが、会うのは今回が初めてだった。</p>
<p>はじめての国、ハンガリー。つい数年前に共産主義が崩壊し、民主化されたばかりの国。</p>
<p>来る前は、「黒パンしかないんじゃないか」とか「トイレットペーパーがないかもしれない」と思い、トイレットペーパーを日本から1ロール持ってきたくらいだけれど、空港から車で市内のマリアンの家に行く途中の風景を見ると、「ヨーロッパの大きな街」という感じで活気があって、もともと持っていた「質素」「旧共産圏」のイメージよりも明るく見えた。</p>
<p>驚いたのは信号機。</p>
<p>信号機が青→黄色→赤に変わるのは日本と同じだけど、その逆バージョンがあるのにも驚いた。要はこうだ。赤から青に変わるときに、赤→黄色→青に変わるのだ。なので、黄色になった時点でドライバーたちは「よーいドン！」の体制になるというわけだ。</p>
<p>それに建物が、どれも歴史がありそうで、年季が入っていて、今まで見たことのある「西欧」のこぎれいな建物よりも重みを感じた。</p>
<p>車窓からずーっと外をじーっと眺めていたら、お父さんがそんな私の行動を面白がっていた。</p>
<p>マリアンの家に着き、お母さん、妹に会って、そして昼食をいただいた。</p>
<p>初めてハンガリーで食べる料理。ご飯、チキン、紅茶、そして漬物のような感じのキュウリのサラダだった。おいしい。</p>
<p>しばらく日本のことを話したり、ハンガリーの写真集を眺めてゆっくりした後、皆で近所のスーパーへ買い物に行った。</p>
<p>パンが裸のまま売られていて、それを裸のまま手づかみで買うことや、日本の「出前一丁」が売られていることに驚いた。モノも、「旧共産圏」のイメージに反して豊富に売られていた。</p>
<p>買物のあとには市中心部の観光へ行った。</p>
<p>ケーブルカー（８０フォリント）に乗って、「漁夫の塔」などのある丘をぶらぶらした。ここからの眺めはよく、議事堂や町の中心を流れるドナウ川などが一望できる。</p>
<p>ハンガリーで一番規模の大きいといわれるマーチャーシュ教会では、教会内の上の方で聖歌隊が合唱していて、その響きがとても神秘的だった。</p>
<p>見るもの、すべてが新鮮で面白い。こんなに新鮮に感じるのは初めてだ。高校1年の時に西欧諸国を旅行した時には、わりとテレビや本であらかじめ情報が伝わっている国々だったので、ここまでは感じなかった。やっぱり「未知の国」は面白い。</p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/cat35/199389/post-39.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 16 Jun 2009 10:37:00 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>3) ブダペスト美術館めぐり</title>
            <description><![CDATA[<p><strong>1993年8月25日（水）　ブダペスト　曇り時々雨（寒い。長袖が必要！）</strong></p>
<p>今日はまず、マリアンの友達がいる本屋へ行き、ポストガードとハンガリーのガイドブック、それにハンガリー語の辞書を買った。</p>
<p>次に国立博物館へ。入場料は学生割引で１０フォリントだった。ハンガリーの王冠が印象的だった。</p>
<p>お昼を食べにいったん家に戻り、おいしい野菜ジュースを飲んでから再び街へ。</p>
<p>ピアノ曲で有名なフランツ・リストの博物館へ行く。ここでの入場料も学生割引で本来20フォリントが10フォンリントに。</p>
<p>その後、英雄広場、城、そしてFine Art Museumへ。美術館はギリシャ風で、建物がとてつもなく大きくて面白かった。天井の装飾をじーっとみていると、係員のおじさんが近づいてきて、自分の指輪を指さして、天井はこれと同じ「金で」できているんだよ、と教えてくれた。すごい、豪華だ。</p>
<p>館内には、いろいろや絵画やエジプトのものがあって面白かった。やはり、こういう風格のある建物にあるからこそ、彫刻や絵画も生きてくるのだな、と思った。</p>
<p>今日は地下鉄やトラムにもたくさん乗って面白かった。</p>
<p>地下鉄の吊皮は、ほんとに「皮」をつかっていて、ぶらんぶらんとヌメ皮の紐のようなものがぶらさがっている。でもみんながつかむので、かなりいい感じにヨレヨレに柔らかくなっていた。</p>
<p>一方で、トラムの吊皮は黒かった。</p>
<p>夕食の後、マリアンのお父さんの趣味であるアンティークの蓄音機でレコードを聴き、第二次世界大戦中に使われたという兵士のヘルメットをかぶって写真を撮った。</p>
<p><strong>この日の支出額：200フォリント（交通一日パス）、10フォリント（入場券）、20フォリント（国立博物館のパンフレット）、917フォリント（本）</strong></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong></strong>&nbsp;</p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/cat35/199389/1993.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 16 Jun 2009 20:58:37 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>4) ハンガリー・カソリックの総本山　エステルゴムへ</title>
            <description><![CDATA[<p>1993年8月26日（木）　晴れ</p>
<p>朝早く起きて、市電と地下鉄を乗り継いでDeak Terからバスに乗ってエステルゴムへ行った。</p>
<p>エステルゴムにつき、バス停からの通りを歩いていると、市場が開かれていた。野菜やその他の食べ物がたくさんあった。</p>
<p>市場を通り抜け、スーパーマーケットでお昼にするパンやヨーグルトを買い込み、エステルゴム大聖堂のそばの丘に上って、そこのベンチに腰掛け、マリアンとお昼を食べた。</p>
<p>お昼を食べてしばらく丘からの眺めをぼーっと見た後、さらに上へ上って大聖堂の中を見学した。</p>
<p>ここはとにかく巨大だ。天井がや壁画もスケールが違う。さすがはハンガリー・カソリックの総本山。</p>
<p>大聖堂付属の宝物館へ行き、聖人の歯や骨の入った聖櫃を見た。</p>
<p>館内の長い、長いらせん階段を上って、聖堂の丸屋根のふもとについているベランダへたどり着いた。とにかく高い！！</p>
<p>上るのにもふーふーして一苦労。</p>
<p>でも、そこからの眺めは最高。</p>
<p>ドナウ川の対岸のスロバキアの街を見下ろせた。</p>
<p>その後、キリスト教博物館の一角にある、マリアンの友人の修道女がいる部屋を訪れた。その修道女の部屋はとても素敵だった。マリアンと彼女がしゃべっている間、私はマリアンの妹のジュディと二人でキリスト教博物館へ行き、キリスト教の絵や彫刻を見た。</p>
<p>修道女の部屋に戻り、スイカとジュースをもらった。</p>
<p>その後、ドナウ川の船に乗ろうと船着場へ行ったが、土日しか運航していないということで乗れなかった。</p>
<p>街の郵便局へ行ったら、なんと、日本人が団体で来ていた。この郵便局から日本へのコレクトコールをしてもらい、数日ぶりに日本の家族としゃべった。</p>
<p>そう、ハンガリーでは電話局と郵便局が一緒になっていて、郵便局で電話をかけられるのだ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>この日の支出：142フォリントＸ２（バス）、聖堂（10フォリント）、大聖堂宝物館（10フォリント）、キリスト教博物館（50フォリント）</strong></p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 16 Jun 2009 21:18:24 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>5) ハンガリー　ヴェスプレムへ</title>
            <description><![CDATA[<p>1993年8月27日（金）　曇り</p>
<p>ブダペストからバスに乗り、ヴェスプレムへ行った。</p>
<p>見張り台やいくつかの教会、古い理恵は移動を見たり、ハンガリーの初代王・王女の像を見たりした。</p>
<p>お昼のお弁当を、十字架の建っている崖の方で食べた。</p>
<p>その後、マリアンのおじさんが改築作業をしている黄色い建物まで行った。その建物の庭で少し散歩をした後、バスに乗ってマリアンのいとこの住むアパートを訪れた。</p>
<p>男の子2人（16才と14才）がいて、一緒にコンピューターゲーム（スーパーマリオやマリオブラザーズがあった）をした。</p>
<p>夕方5時半ごろ、マリアンのお父さんが来て、Lokut(ロクト）村へ向かった。</p>
<p>ロクトは人口550人ほどの村で、マリアンとそのお姉さん、イロナが暮らす村だ。マリアン姉妹は、ここでカソリックのシスターとして、家に礼拝堂を作って活動をしている。ちなみにこの村の住民のほとんどはドイツ系やチェコ系で、ハンガリー系なのはマリアンとイロナくらいだそうだ。</p>
<p>村に着くと、寒くてまるで冬のようだった。マリアンたちが住む小さな家に着くと、お姉さんのイロナと大きな犬2匹と、子犬1匹、猫やモルモット、ウサギがいた。</p>
<p>夕食前にイロナとマリアンと一緒に、近所の馬と牛のいる家を訪れ、ミルクを分けてもらった。私がそこの家のおじさんと牛の写真を撮ったら、そのおじさんは、私に写真を撮られたことを近所の人に自慢していたそうだ。</p>
<p>夕食をとった後、マリアンとイロナの友達家族の家を訪れた。そこには2人の子供とお父さん、お母さんがいた。</p>
<p>イロナが私を「new ninjaだよ」と子供たちに紹介していた。</p>
<p>女の子はモニ。中学生くらい。</p>
<p>男の子の名前はヨチ。小学校低学年くらい。レゴブロックで遊んでいてかわいかった。</p>
<p>子供たちとカードゲーム（好きな人、嫌いな人、友達名を言う）をして一緒に遊んだ。</p>
<p>言葉は全く通じなかったけれど、すごく楽しかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>この日の出費：ブダペスト→ヴェスプレム行バス　326フォリント、見張り台見学　30フォリント</strong></p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 22 Jun 2009 10:50:06 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>6) ハンガリー＞おじいちゃんとおばあちゃんの家に行く</title>
            <description><![CDATA[<p>1993年8月28日（土）　雨のち曇り、のち晴れ</p>
<p>朝食後直ぐに、マリアンのおじいさんとおばあさん（マリアンのお父さん方の）のいるCsesznek(チェスネック）村へと向かった。</p>
<p>途中、古いお城のそばで車を止め、ビデオを撮ったり写真を撮ったりした。お城にはTILOS（禁止）という札がかかっていた。今にも崩れそうなお城なので立ち入り禁止になっている様子だった。</p>
<p>なのに、お父さんは子供のころにこのお城によく上っていたそうで、お城の端の方に立ってビデオを撮りまくっていた。</p>
<p>お城を後にし、そばの野原で野イチゴを採って食べた。城のふもとで「お城から落ちてきた石だよ」と赤茶色の石をマリアンにもらった。やはり、崩れかけているお城なんだ。</p>
<p>おじいさんとおばあさんの家に到着した。</p>
<p>彼らの家の台所、食堂の床はレンガ敷きで、「ハンガリーの伝統的な家」なのだそうだ。</p>
<p>そこで、マリアンのいとこの結婚式で出したというパンをたくさん食べた。</p>
<p>その後、離れの寝室へ行って、マリアンが小さい時の写真や、昨日会ったいとこたちの写真、マリアンのお母さんとお父さんの結婚式の写真（当時17歳と21歳！）を見た。二人ともすごく若くて可愛かった。</p>
<p>再び、ロクト村に戻り、おいしいパプリカシチューを食べ、イロナと一緒に旧ソ連の国民車、「トラバント」に乗りに行った。</p>
<p>昨日会ったヨチとモニの家にはトラバントが3台あり、そのうちの1台にみんなで乗り込んだ。ガタガタの車で、ガタガタの道を走って、戻ってきて、写真を撮っただけだけど、すごく楽しかった。トラバントって、プラスチックとか段ボールでできているというけれど、本当かな？</p>
<p>その後、すぐにブダペストへの帰路についた。</p>
<p>夜はマリアン、マリアンの妹のジュディと3人で、髪の毛の色や化粧のこと、日本人は西洋人のように、西洋人は日本人のようになりたいと思っていて、お互い「隣の芝生は青く見える」んだね、というような話をした。</p>
<p>昼間にお父さんが撮ったビデオを見たりして、楽しい夜だった。</p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/cat35/199389/post-42.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 22 Jun 2009 13:46:48 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>7) ハンガリーを後にし、パリへ</title>
            <description><![CDATA[<p>1993年8月29日（日）　曇り時々雨、のち晴れ</p>
<p>今日はハンガリー最後の日。</p>
<p>朝食をとってから、お父さんが撮ったビデオを見たり、また新たにビデオを撮ったりした。台ジングルームで地区イオン木と古いランプ、アンティークのコーヒーミルやカップを出して、第二次世界大戦中の兵士のヘルメットをかぶってビデオ撮影をした。</p>
<p>昼食前にはジュディとマリアンと一緒に近所を散歩がてら、ケーキを買いに行った。そこで、ついでにアイスクリームを買って食べた。アイスの上に生クリームがたっぷりと載っていておいしかった。</p>
<p>昼食はスープ、鶏肉のグリル、ご飯、野菜だった。いつものように、キッチンの一角のカウンターで食べた。</p>
<p>その後、リビングで古い写真を見た。イロナとマリアンの断髪式の写真とか、ジュディの学校の集合写真など。中でも印象的だったのは、共産時代の集合写真だ。みんな、白いシャツに赤いスカーフを巻いて、腕を胸の前で組んで撮っている。一方で、民主化されてからはみんな私服でポーズも思い思いに。たったの写真一枚に、時代が表れていた。</p>
<p>そろそろ、お別れの時が近づいてきた。</p>
<p>お父さんに、糸でつづった乾燥パプリカ（乾燥トウガラシ）をもらった。「これを食べれた、君のお父さんは空手が強くなるよ」と言っていた。</p>
<p>お父さんは何度も「気を変えてここに残るか、いくか、考えなさい」と言う。私だって、できれば残りたかったけれど、飛行機のチケットを予約してしまっているので離れなければならない・・・。</p>
<p>4時半ごろ、家を出た。おかあさんとほっぺにキスをして別れた。</p>
<p>空港について、チェックインをすましてから、見送り台へ行き、写真を撮った。そして5時40分ごろお父さんとジュディに別れを告げ、マリアンと二人で搭乗口へ向かった。</p>
<p>別れるのがつらくて泣いてしまった。飛行機はなぜか、マレブ航空機ではなく、エールフランス機だった。マレブ航空を通して買ったチケットだったのでマレブだと思っていたら、どうやら共同運航便だったようだ。</p>
<p>飛行機へと昇る階段から、見送り台にいるみんなに手を振った。悲しくて、涙がまだ出てしまった。</p>
<p>機内でもしばらく涙が止まらなかったけれど、隣に座っているフランス人の女の子にボールペンを貸してくれと言われ、貸したり、入国カードでよくわからない個所を彼女に聞いたりしてて、最後にAu revoir(さようなら）と言って別れたら、少し元気が出た。</p>
<p>この日の宿は、ポンピドーセンターの近くにあるPrince Hotel Forum。</p>
<p>ホテルの部屋で、夜、一人ぼっちなのを感じ、ハンガリーが恋しくなって、また泣いてしまった。</p>
<p><strong>この日のホテル代　336フラン</strong></p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/cat35/199389/post-43.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Mon, 22 Jun 2009 13:59:30 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>8) パリ、フォンテンヌブロー</title>
            <description><![CDATA[<p>1993年8月30日（月）　パリ　晴れ</p>
<p>7時半に起床し、ホテルの部屋でジュースとチョコの朝食をとってから、メトロに乗ってコンコルドを目指した。レアールの駅で、隣に座っていた人に「この電車はコンコルドへ行きますか？」とフランス語でなんとか聞いたら、その人は英語で答えてくれた。すると、近くに座っていた日本人女性が「何かわかんないの？」と声をかけてくれ、メトロの路線マップをくれた。</p>
<p>コンコルド駅で降り、オランジェリー美術館へ。モネの睡蓮を見た。その後、ルーブルへ行き、地下のショップを見て歩いた。</p>
<p>1時半ごろ、日本語ツアーのバスに乗った。バルビゾンとフォンテンヌブローの半日ツアーだ。</p>
<p>ツアーバスで隣に座った女性は50歳くらいの人で、日本が旅行自由化をした年に、大学4年生でヨーロッパを旅行したと言っていた。当時は日本人旅行者は珍しく、地元の新聞社が取材に来るほどだったという。そんな時代から自由に旅行をしていた日本人女性がいたなんて、すごい。彼女は息子さんが大学生だそうで、東京のＷ大に通っているとのことだった。</p>
<p>バルビゾン派で有名なバルビゾンは下車はせず、バスで通り過ぎただけ。少し残念。</p>
<p>フォンテンヌブローでは屋敷や庭を見学した。庭が美しい。屋敷の２階は「貴族の階」。そこに展示されてあったベッドは長さが短い。理由は、当時の人は座って寝ていたからとのこと。なんでも、仰向けだと土葬スタイルと同じなので、それを避けるためだという。</p>
<p>ツアーが終了し、パリに戻ってからメトロで北駅へ行ったはよいが、チケットを改札口から取るのを忘れてしまい、出口で出られなくなってしまった。レアル駅のインフォメーションのお兄さんに、訳を説明してなんとか出ることができた。ずっとメトロ構内でウロウロしていたせいか、部屋でシャワーを浴びたら体中がメトロ臭くなっていた。</p>
<p>レアル周辺で、夜の９時くらいまでウロウロし、道の角のスタンドでチーズがかかっているホットドックとヴィッテルの水を夕食に買い、そのまま道端で食べた。おいしかった。</p>
<p>そのスタンドの写真を撮ろうとしていると"Moi, moi（オレ、オレ）"と道を歩く男の人が自分を指さして「撮れ」と冗談で言っていた。</p>
<p><strong>この日の出費：フォンテンヌブローツアー　295フラン、ホットドック20フラン、水8フラン、オランジェリー美術館　17フラン、メトロの回数券　39フラン</strong></p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/cat35/199389/post-44.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 23 Jun 2009 11:45:22 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>9) パリ、ジヴェルニー</title>
            <description><![CDATA[<p>1993年8月31日（火）　パリ　晴れ時々曇り</p>
<p>今日は9時半に起床。</p>
<p>ホテルを出てからForum des Hallesの中をブラブラし、その後メトロに乗ってきた駅でTGVの予約をし、オルセー美術館へ行った。</p>
<p>オルセーは広くて、でも教科書に載っているような作品が山ほどあって見ごたえがあった。絵画や彫刻だけでなく、家具の展示もあって面白かった。</p>
<p>その後、ピラミッド広場へ行き、ジヴェルニー行きのツアーバスに乗った。</p>
<p>ジヴェルニーにはモネが睡蓮を描いた家がある。以前から美術番組で見ていて、いつか行きたいと思っていたところだ。</p>
<p>モネの家は庭に花がいっぱい。村ものどかでよかった。</p>
<p>でも「日本庭園」は、予想していたよりも小さくて、少し期待はずれだった。</p>
<p>5時15分にジヴェルニーを後に市、パリに着いたのは6時半ごろだった。</p>
<p>その後、パレロワイヤルやその周辺を歩き、途中で見つけた小さなスーパーマーケットでトマトとヨーグルトを買った。</p>
<p>オペラ座の方へも歩き、その後、メトロでレアールへ戻った。</p>
<p>レアールの教会の前の公園を散歩し、昨日と同じスタンドでまたチーズがかかったホットドックを買って食べた。</p>
<p>ホテルに戻ったのは9時頃だった。</p>
<p><strong>この日の出費：ジヴェルニーのツアー　300フラン、TGV予約金　36フラン</strong></p>]]></description>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Tue, 23 Jun 2009 12:00:11 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>10) リールで、ペンフレンドと会う</title>
            <description><![CDATA[<p>1993年9月1日（水）　パリ　晴れ、時々曇り　</p>
<p>今日の朝はちょっとしたトラブル続きだった。</p>
<p>まず、メトロを乗り間違えてAuberへ行ってしまい、一旦戻ってCare du Nord（北駅）へたどり着いた。その後、チケット売り場の窓口でユーレイルパスに日付を入れてもらうために並んでいたら、前に並んでいた男の人にやたらと時間がかかっていて、焦ってしまった。</p>
<p>結局、乗車できたのは8時55分ごろで、改札機でチケットに刻印するのを忘れてしまった。予約していた席に着こうとするとほかの人が座っていたので、ウロウロしていいると、中学生くらいの男の子が、「どうしたの？」と声をかけてくれた。彼にチケットを見せると、「あっちの車両だよ。あっちで見つけな」と教えてくれた。</p>
<p>リールの駅に着いてからも大変だった。ここで、文通をしているフランス人のペンフレンド、Stephanieに会うことになっていたのだが、待ち合わせ時間の10時20分になっても彼女が現れない。すると、駅の構内放送が。"L'attention s'il vous plait, Mensieur Agua Clara　なんとかかんとか・・・・"とのこと。よく聞き取れなかったけれど、確かに私の名前が呼び出されている！と気づき、駅のインフォメーションへ行ってみると、放送では「ムッシュ」と呼んでいたので、駅員さんは男性が来るものだと思っていたらしく、あまり分かってもらえなかった。なので、Je suis Agua Clara（私がaguaclaraです）と説明した。すると英語で駅員さんに「あなたが待ち合わせをしている人は？」と聞かれたので「Stephanieです」と答えると、ようやく分かってもらえたようで、「彼女は11時38分に着く予定です」と教えてくれた。</p>
<p>Stephanieが来るまでにしばらく時間があることがわかったので、リールの街を少しだけ歩いた。</p>
<p>11時頃、駅に戻ると「Aguaclara!」と声をかけてくる人がいた。それが、Stephanieだった。</p>
<p>彼女と二人、本屋さん兼CDショップでフレンチポップスのCDを買い、それから銀行でトラベラーズチェックを現金に換えてもらった。</p>
<p>その後、レストランで一緒にランチをした。フランスのレストランはちょっぴり高め。二人で130フラン位だった。「あなたは私のゲストだから」とStephanieがおごってくれた。</p>
<p>食後、二人で電車に乗って、彼女の大学がある街へ行き、寮や校舎を見学した。教会のようでとても広くてきれいなキャンパスだった。</p>
<p>リールに戻り、美術館へ行ってみたところ、なんと「2年間の閉館中」とのこと。残念。</p>
<p>気分を変え、二人で街をウィンドウショッピングした。私はフランス語で会話はできないので、二人で英語でしゃべりながら道を歩いていると、中学生か高校生くらいの男の子3人が私たちに興味を示して"Please"とか、とりあえず「知ってる英単語」で声をかけてきた。そこで、Stephanieが"Je suis francaise!（私はフランス人よ！）"と言い放つと彼らはいなくなった。Stephanieは「フランス人の男って、糊みたい」と嫌そうな顔をしていた。</p>
<p>夕方17時ごろ、Stephanieと別れ、パリへ戻った。</p>
<p>彼女とは、それ以来、会っていない。</p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/cat35/199389/10.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 02 Jul 2009 10:16:15 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>11) パリからニースへ夜行列車に乗る</title>
            <description><![CDATA[<p>1993年9月2日（木）　晴れのち曇り　夜行列車でパリからニースへ</p>
<p>朝起きてから、郵便局へ行き小包などを送った。その後、ホテルをチェックアウトし、レアールの公園でお昼を食べた。</p>
<p>ルーブルの方へ歩いてお土産を買ってから、オペラ座まで歩いて行き、中を見学した。思っていたよりも劇場は小さかった。私が好きなシャガールの天井画があった。</p>
<p>その後、チュイルリー公園でおやつを食べ、セーヌ川の岸を歩き、BatOBusというボートに乗って、エッフェル塔へ。</p>
<p>夜、ニースへ向かう夜行列車に乗り込んだ。</p>
<p>同じコンパートメントには黒人のお母さん、子供（女1人、男2人）が一緒だった。黒人のお母さんが「あなたもニースへ行くの？私たちもよ。だからニースに着いて私たちがまだ寝ていたら起こしてね」とフランス語で頼まれた。身振りつきだったので、なんとなく、そう言っているのが理解できた。</p>
<p>&nbsp;</p>]]></description>
            <link>http://www.agua-clara.net/abroad/cat35/199389/11.html</link>
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                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ヨーロッパ一人旅　1993年夏</category>
            
            
            <pubDate>Thu, 02 Jul 2009 10:35:29 +0900</pubDate>
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